「生前贈与をした方がいい」と聞いて調べ始めたものの、暦年贈与と相続時精算課税という2つの制度が出てきて、どちらから考えればいいのか分からなくなる——ご相談の入口で最も多いのがこの状態です。2024年の税制改正で両方の内容が変わったこともあり、情報が整理しづらくなっています。この記事では、2つの制度の仕組みと、実務で判断していく順番を整理します。

目次

1. 生前贈与と相続の違い

相続は、亡くなった方の財産を、亡くなった時点でまとめて引き継ぐものです。これに対して生前贈与は、生きているうちに財産を渡す行為で、渡すタイミング・金額・相手を自分で選べるという違いがあります。

生前贈与を計画的に行うことで、将来の相続財産そのものを減らし、結果として相続税の負担を抑える効果が期待できます。ただし、贈与には贈与税がかかる場合があり、また亡くなる直前の贈与は相続財産に加算されるルールもあるため、「とりあえず贈与しておけば得」というほど単純ではありません。

2. 暦年贈与とは(年110万円の基礎控除)

相談者
去年、銀行で「110万円までなら税金はかかりませんよ」と言われて、そのまま息子の口座に振り込みを始めてしまったんです。これで合っているんでしょうか。
江尾友宏江尾
そのやり方自体が間違っているわけではありません。1月から12月までの1年間に受け取った額が110万円以内であれば、贈与税はかからず申告も不要です。これを暦年贈与といいます。ただ、お話を伺っていて気になるのは金額よりも「いつから始めたか」の方でして、そこは次にご説明します。
2024年1月からの改正点:亡くなる前の贈与を相続財産に加算する「生前贈与加算」の対象期間が、従来の3年から段階的に7年へ延長されました(延長された4年分については合計100万円まで加算対象外とする緩和措置があります)。この延長は一気に7年になるわけではなく、相続開始が2026年(令和8年)12月31日までは従来どおり3年、2027年(令和9年)以降の相続から加算期間が段階的に延び、2031年(令和13年)以後の相続で初めて完全に7年になります(国税庁タックスアンサーNo.4161「贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」参照)。

つまり、亡くなる直前になって慌てて暦年贈与を始めても、相続財産に加算されてしまい節税効果が薄れる可能性があります。暦年贈与は早く始めるほど効果が出やすい制度です。

なお、ご自身の場合に何年分が加算対象になるかは、贈与を始めた時期と相続が発生する時期の組み合わせで変わります。年号が複雑で分かりにくいところですので、ご自身のケースに当てはめて確認したい方はお問い合わせください

3. 相続時精算課税とは(2024年改正で110万円の基礎控除が新設)

相談者
精算課税というのもあるとパンフレットに書いてあったんですが、正直、名前を見ただけで読む気がなくなってしまって。うちみたいな家でも関係のある話ですか。
江尾友宏江尾
名前が難しいだけで、中身は「一定額までは贈与のときに税金を払わず、相続のときにまとめて計算し直す」という制度です。関係があるかどうかは財産の中身次第ですが、2024年から年110万円の基礎控除ができて、以前より選ばれる方が増えている制度ではあります。ただ一度選ぶと、同じ方からの贈与は暦年贈与に戻せません。ここだけは先にお伝えしています。
使える人が決まっています:相続時精算課税は誰でも選べる制度ではありません。贈与する年の1月1日時点で、贈与する側が60歳以上の父母・祖父母、受け取る側が18歳以上の推定相続人である子または孫であることが要件です。また、基礎控除110万円を差し引いた残額について累計2,500万円までは贈与税がかからず、超えた部分に一律20%の贈与税がかかります。この2,500万円の特別控除は、期限内に贈与税の申告書を提出した場合に限って適用を受けられます(国税庁タックスアンサーNo.4103「相続時精算課税の選択」参照)。
2024年1月からの改正点:相続時精算課税に、2,500万円の特別控除とは別枠で年110万円の基礎控除が新設されました。この基礎控除の範囲内の贈与は、贈与税がかからないだけでなく、相続財産にも加算されず、毎年の申告も不要です。これにより、以前は「相続財産を将来増やすだけ」と敬遠されがちだった相続時精算課税が使いやすくなりました。

特に、将来値上がりが見込まれる財産(収益不動産など)を早めに贈与しておくと、贈与時点の低い評価額で相続財産への加算額が固定されるというメリットがあります。

見落としやすい注意点:相続時精算課税を使って自宅の土地を贈与すると、相続時に小規模宅地等の特例(自宅の土地の評価額を最大80%減額できる制度)の対象から外れます。この特例は相続や遺贈で取得した土地が対象のため、実は暦年贈与で贈与した場合も同様に対象外です(国税庁タックスアンサーNo.4124「相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例」参照)。「将来値上がりする財産を早めに贈与できる」というメリットと、「特例が使えなくなる」というデメリットを比較したうえで、贈与する財産を選ぶことが重要です。
同じ800万円を贈与した場合の「相続財産に加算されない金額」イメージ(設例)
暦年贈与(80歳の父から毎年100万円×8年)200万円
相続時精算課税(基礎控除110万円の範囲内で毎年100万円×8年)800万円
※生前贈与加算が将来フルの7年になった場合を想定した簡略化した設例です。暦年贈与は直近7年分(700万円)が相続財産に持ち戻されますが、そのうち延長された4年分については合計100万円まで加算対象外となる緩和措置があるため、加算されないのは最初の1年分(100万円)と緩和措置分(100万円)の合計200万円になります。相続時精算課税は基礎控除110万円の範囲内(年100万円)のため、8年分(800万円)とも加算対象外です。実際の金額は財産の内容や贈与を始める年齢によって異なります。相続税率の目安は相続税の計算方法のページもご参照ください。

4. 【比較表】暦年贈与と相続時精算課税

暦年贈与相続時精算課税
使える人制限なし(誰から誰への贈与でも可)贈与者は60歳以上の父母・祖父母、受贈者は18歳以上の子・孫
年間の基礎控除110万円110万円(2024年改正で新設)
基礎控除超過分贈与税がかかる(累進税率)累計2,500万円まで特別控除(期限内申告が要件)、超過分は一律20%
相続財産への加算死亡前7年分(改正で3年→7年に延長中)基礎控除110万円超の部分は全額加算
途中でやめられるか可能一度選択すると暦年贈与に戻せない
向いているケース早期から時間をかけて贈与できる場合値上がりが見込まれる財産・まとまった額を計画的に贈与したい場合

5. 【3つの質問】どちらを選ぶか、順番に整理する

制度を横に並べて見比べるより、次の順番で確認していく方が判断がつきやすくなります。当事務所が面談で実際に確認している順番です。

Q1

そもそも相続時精算課税を使えますか?

贈与する年の1月1日時点で、贈与する側が60歳以上、受け取る側が18歳以上の子または孫であることが要件です。この条件を満たさない場合、選択肢は暦年贈与のみになります。例えば「お世話になった甥に渡したい」といったケースは対象外です。

Q2

あと何年、無理なく贈与を続けられそうですか?

暦年贈与は、生前贈与加算の対象期間(最終的に死亡前7年)の外に出た分だけ効果が残ります。年数を確保できる見通しがあれば暦年贈与、確保が難しい年齢・健康状態であれば相続時精算課税の基礎控除110万円を使う方が、結果的に手元に残る額が大きくなることがあります。

Q3

渡すのは現金ですか、それとも自宅の土地ですか?

自宅の土地は、生前に贈与すると小規模宅地等の特例(評価額を最大80%減額)が使えなくなります。現金であればこの問題は起きません。何を渡すかによって、そもそも贈与すべきかどうかの結論が変わります。

この3つを踏まえたうえで、よくあるケースを整理すると次のようになります。

1
暦年贈与向き

まだ相続まで時間がありそうな場合

暦年贈与で毎年少しずつ渡していく方法が有効です。早く始めるほど、生前贈与加算の対象期間(死亡前7年)の外に出る贈与が増え、節税効果が高まります。

2
相続時精算課税向き

贈与する財産が値上がりしそうな場合(収益不動産・自社株など)

相続時精算課税で早めに贈与しておくと、相続財産に加算される金額は贈与時点の評価額で固定されます。将来値上がりする可能性がある財産ほど、この効果は大きくなります。

3
高齢からの贈与

すでに高齢で、まとまった額を計画的に贈与したい場合

暦年贈与で7年分の加算対象期間をクリアするのが難しい年齢であれば、相続時精算課税の基礎控除110万円(申告不要・加算対象外)を活用しつつ、必要に応じて2,500万円の特別控除枠も使う方法が現実的です。

4
資産構成で選ぶ

実家の土地と預貯金が財産の中心という場合

相続時精算課税は、値上がりが見込まれる収益不動産や自社株を持つ方向けの制度として語られることが多いのですが、実家の土地と預貯金が財産の大部分という方も多くいらっしゃいます。この場合、値上がり資産の評価額を固定するという王道の使い方は当てはまりにくく、基礎控除110万円を生かした毎年の贈与(暦年贈与・相続時精算課税のどちらでも可)をどう組み立てるかが論点になります。なお、自宅の土地そのものを贈与するかどうかはQ3の通り別途の検討が必要です。

6. 判断を誤りやすいポイント

相談者
父の分は精算課税にしようかと思っているのですが、もし来年になって「やっぱり違った」となったら、元に戻せるんですよね。
江尾友宏江尾
いえ、お父様からの贈与については戻せません。ここは他の手続きと違うところなので、面談では二度お伝えするようにしています。逆に言えば、お母様からの贈与は別に考えられますので、ご両親の分をまとめて決めてしまう必要はありません。

相続時精算課税は贈与者ごとに選ぶ制度です。父からの贈与は相続時精算課税、母からの贈与は暦年贈与、という組み合わせも可能です。

1
駆け込み贈与に注意

亡くなる直前になって暦年贈与を急いで始める

生前贈与加算の対象期間(死亡前7年)内の贈与は相続財産に加算されてしまうため、直前になって慌てて贈与を始めても節税効果は限定的です。

2
証拠を残す

基礎控除内だから申告不要と思い込み、証拠を残さない

基礎控除の範囲内であっても、贈与の事実を証明できるように、贈与契約書の作成や銀行振込での記録を残しておくことが重要です。記録がないと、本人名義でも実質は被相続人の財産とみなされる「名義預金」と判断されるリスクがあります。すでにご家族名義の口座がいくつもあって整理できていない場合は、家族名義の預金の整理についてのご案内もご覧ください。

相談者
実家の土地は、元気なうちに私の名義にしておこうと家族で話しているのですが。
江尾友宏江尾
お気持ちは分かります。ただ、自宅の土地だけは順番を変えていただくことがあります。生前に贈与すると、相続のときに使えたはずの小規模宅地等の特例(評価額を最大80%減額できる制度)が使えなくなるためです。暦年贈与・相続時精算課税のどちらであっても同じです。

贈与する前に、特例を使った場合の評価額と並べて見比べてから決めても遅くはありません。

7. よくある質問

Q. 暦年贈与と相続時精算課税は両方使えますか?

A. 同じ贈与者・受贈者の組み合わせでは併用できません。ただし、相続時精算課税は贈与者ごとに選択する制度のため、たとえば父からは相続時精算課税、母からは暦年贈与、というように贈与者ごとに別の制度を選ぶことは可能です(国税庁タックスアンサーNo.4103参照)。

Q. 相続時精算課税を選ぶと、必ず届出が必要ですか?

A. はい、この制度を初めて使う年に「相続時精算課税選択届出書」を、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に税務署へ提出する必要があります。基礎控除110万円以内の贈与で贈与税の申告自体は不要な年であっても、制度を選択する最初の年はこの届出が必要です(国税庁タックスアンサーNo.4103「相続時精算課税の選択」参照)。

Q. 生前贈与加算の7年ルールは、もう始まっていますか?

A. 2024年(令和6年)1月1日以後の贈与から対象になっていますが、加算期間がいきなり7年になるわけではありません。相続開始が2026年(令和8年)12月31日までは従来どおり3年、2027年(令和9年)以降の相続から段階的に延び、2031年(令和13年)以後の相続で初めて完全に7年になります(国税庁タックスアンサーNo.4161参照)。ご自身のケースでどこまで加算対象になるかは、贈与を始めた時期と相続が発生する時期の組み合わせで変わるため、個別の確認をおすすめします。

Q. 子や孫の名義で通帳を作って貯めてきましたが、これも贈与になりますか?

A. 名義がご家族であっても、資金を出した人・管理していた人が親御様であれば、贈与ではなく名義預金として相続財産に含める必要があると判断されることがあります。贈与として認められるには、渡す側と受け取る側の意思のやり取りがあり、受け取った側が口座を管理して自由に使える状態にあることが必要です。

Q. 生前贈与をすると、相続税の申告が簡単になりますか?

A. 一概には言えません。相続時精算課税を使った贈与は相続税の申告時に精算する必要があり、暦年贈与も生前贈与加算の対象期間内であれば申告に含める必要があります。どちらの制度でも、贈与の記録を整理しておくことが申告をスムーズにする鍵になります。

8. 迷ったときは、決める順番だけ知っておけば十分です

江尾友宏江尾
どちらが得ですか、と最初に伺うことが多いのですが、私はその質問には最後に答えるようにしています。先に確認するのは、あと何年、無理なく贈与を続けられそうかという見通しと、渡すものが現金か土地かという二点です。この二つが決まらないうちに制度だけを比べても、机上の計算で終わってしまうためです。ご本人の体調やご家族の予定にまで関わる話ですので、初回の面談で決めきれないこともあります。それでも、決める順番だけは先に共有しておきたいと考えています。

決めてからご相談いただく必要はありません。まだ何も決まっていない段階でお越しいただくのが、いちばんお役に立てるタイミングです。当事務所は岐阜県瑞穂市を拠点に、贈与を始める前の段階からのご相談を承っています。対応できる内容はサービス・料金のページでもご案内しています。

※本記事は、記事執筆時点の税法・通達等の情報をもとに、一般的な情報提供を目的として作成しています。今後の税制改正等により、記載内容が変更される可能性があります。実際の申告・手続きにあたっては、必ず国税庁等の最新情報をご確認いただくか、税理士等の専門家へご相談ください。