目次
1. 一般的な相続の説明が、農家に当てはまらない理由
相続の解説は、たいてい「自宅と預貯金がある家庭」を前提に書かれています。ところが農地には、その前提が三つとも崩れる事情があります。
一つめは評価の方法が違うこと。宅地でよく使われる路線価が、農地には設定されていない地域が多くあります。二つめは自由に売れないこと。農地の売買や転用には農業委員会の許可等が必要で、思い立ってすぐ現金化できる財産ではありません。三つめは農地だけの制度があること。相続税の納税猶予という、宅地には存在しない仕組みが用意されています。
この三つが絡み合うため、「うちはこうすればいい」という答えが、一般的な記事からは出てこないのです。以下、順に見ていきます。
2. 【農地の種類で変わる】評価の方法
農地は、置かれている状況によって四つに分けられ、それぞれ評価の方法が変わります。
| 農地の区分 | 評価の考え方 |
| 純農地 | 固定資産税評価額に倍率をかける(倍率方式) |
| 中間農地 | 同上(倍率方式) |
| 市街地周辺農地 | 市街地農地として評価した額の80% |
| 市街地農地 | 宅地だとした場合の価額から造成費を差し引く(宅地比準方式)、または倍率方式 |
宅地に近い場所にあるほど評価が上がる仕組みです。倍率方式そのものの調べ方は路線価方式と倍率方式のコラムで解説しています。
ご自身の農地がどの区分に当たるかを調べる手順は、農地の評価額がわからない方へのご案内にまとめました。
3. 【農地の場所で変わる】「20年」か「生涯」か
農地には、相続税の納税を猶予してもらえる制度があります。農地の評価額のうち農業投資価格(農業に使うことを前提とした価格。農林水産省の資料によれば10アールあたり20万円〜90万円程度)を超える部分に対応する相続税が猶予され、一定の場合に免除される仕組みです(国税庁タックスアンサーNo.4147)。
この違いは、農地の広さでも金額でもなく、農地の所在する区域で決まります。
| 農地のある区域 | 猶予された相続税が免除される条件 |
| 市街化区域の外 | 終身、農地として利用し続けること(20年では免除されません) |
| 市街化区域の内側・三大都市圏の特定市以外の区域 | 20年間、農業を継続すること(生産緑地地区内は終身) |
| 市街化区域の内側・三大都市圏の特定市の区域 | 原則として納税猶予の対象外(生産緑地地区内は終身農地利用が条件) |
4. 納税猶予を使う・使わないの分かれ目
納税猶予は税負担を大きく下げられる制度ですが、その代わりに長い約束を負うことになります。使うべきかどうかは、税額の大小ではなく、その約束を果たせる見通しがあるかで決まります。
農業を続ける意思と体制がある場合
ご自身または次の世代に農業を続ける意思があり、体力・時間の見通しも立っているなら、猶予を受ける意味は大きくなります。会社員をしながらでも、農業を継続していれば対象になり得ます。ご自身で耕作を続けるのが難しくなった場合に、農地中間管理事業を通じて貸し付ける(特定貸付け)ことで猶予を続けられる道も用意されています。
後継者が決まっておらず、面積も大きくない場合
猶予を受けると、その農地は長期間手放しにくくなります。後継者が決まっておらず、貸し付ける相手も見つかりにくい規模であれば、あえて猶予を受けず、いつでもやめられる状態で農業を続けるという判断もあり得ます。目先の税額だけで決めると、あとで打ち切りになり利子税まで負担することになりかねません。
5. 猶予が打ち切られる場面と、打ち切られない場面
3年ごとの継続届出書も同じで、出し忘れただけで打ち切りの理由になります。
| 打ち切られる(猶予税額と利子税を納める) | 手続きをすれば続けられる |
| 猶予を受けている農地の20%を超える面積を、譲渡・貸付・転用・耕作放棄した | 農地中間管理事業を通じて貸し付けた(特定貸付け・市街化区域外の農地が対象) |
| 農業経営をやめた | 障害や病気で営農が困難になり、農地を貸し付けた(営農困難時貸付け・2か月以内の届出が必要) |
| 3年ごとの継続届出書を提出しなかった | 収用交換等により譲渡した |
| 担保の変更等の命令に応じなかった | 譲渡等の日から1年以内に、その対価で代わりの農地を取得した(買換特例) |
制度の要件や手続きの全体像は農地の相続の専用ページで詳しく解説しています。
6. よくある質問
Q. 会社員をしながらでも納税猶予は使えますか?
A. 専業である必要はありません。相続税の申告期限までに農業経営を開始し、その後も引き続き農業経営を行うことを農業委員会に証明してもらえれば、兼業でも対象になり得ます。ただし「農業経営を行っている」と言えるかどうかは実態で判断されます。
Q. 自分の農地が市街化区域の内か外か、どうやって調べますか?
A. 市町村の都市計画担当課で確認できます。固定資産税の課税明細書や、市町村が公開している都市計画図でも確認できることがあります。前章のとおり、この一点で免除の条件が変わりますので、最初に確認しておく価値があります。
Q. 納税猶予を受けられない農地はありますか?
A. あります。遊休農地、申告期限までに遺産分割が済んでいない農地、小作させている農地、市民農園等に貸し付けている農地、一時的に耕作しているだけの農地や家庭菜園、代償分割で他の相続人から取得した農地などは対象外とされています。ご自身の農地が該当しないかの確認が必要です。
Q. 農地を相続したら、税務署以外にも届出が必要ですか?
A. はい。法務局での相続登記に加えて、市区町村の農業委員会への届出が必要です。相続を知った日から10か月以内という期限があり、怠ると過料の対象になり得ます。相続税の申告期限と同じ10か月ですが、別の手続きですのでご注意ください。
Q. 相談するとき、何を持っていけばいいですか?
A. 固定資産税の課税明細書と、登記簿(登記事項証明書)があれば、農地の場所・面積・区分の見当がつきます。すべて揃っていなくても構いません。兼業農家の方の納税猶予についてのご案内もあわせてご覧ください。
7. 一般論が当てはまらないからこそ、早めに整理しておく価値があります
農地のある相続は、一般的な説明が当てはまらない分、ご自身で調べても答えが出にくい領域です。その代わり、区域と面積と見通しの三つが分かれば、進む方向はかなり絞り込めます。まだ何も決まっていない段階で構いませんので、一度お聞かせください。当事務所は岐阜県瑞穂市を拠点に、農地を含む相続のご相談を承っています。